昔の自分は、まるで別人のよう
おはようございます。
先日、1年に1回くらい会う、多忙な友人に会いました。
主人よりも更に長い付き合いの同郷(中学)からの友人です。
毎回、私の家のそばまで、車で迎えに来てくれる友人と、出合い頭、久しぶりに私の口からは、方言(イントネーションが違う)が出てしまいました(^_^;)
もう、果てしなく遠くなってしまった故郷の言葉。何十年もこっちに住んでいるのに。なんとも不思議なものです。
友人も私も辛い生活の愚痴や何やら、内容はかなりヘビーなんですが、なぜか楽しく話せるものです。
お互い他の人には話せないようなことも何でも話せて、若返った気分にもなれて、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎるのでした。
(あ、ブログのことは話していませんでした。)
15年くらい前に住んでいた辺りを通った時、だいぶ変わった街並みがあって、流れる景色がとても新鮮で。気持ちが開放されるような感覚がありました。
友人「車窓が新鮮?」
私「うん・・・。」「私、手のひらから、たくさんのものをなくしてしまった。あの頃の私は私じゃないみたい。・・・まるで別人みたいだ。」
と、思わず自分の手のひらを眺めてしまった。
自分の運転で、自由にどこにでも行けた昔。身体が思うように動かない今、そんな生活が、あまりにも遠くなっていて。
きっと、10年以上かけて、ちょっとづつ、手からこぼれていったんだなあ・・・って思いました。
(こんな街並みではありません)
「失った分、手に入れたものもあるでしょう?」とかそんな一般論はやっぱりどこまで行っても一般論ですよね。
それでも、そういうきれい事を素直に聞けるようになったのは、ブログのおかげだと思っています。2年前の私は、反論ばかりが心にわいたもの。
今回、10数年ぶりに手に入れた在宅の仕事は、かなり心のよりどころになっています。きっと干支一回りくらいすると運気も少し変わるのかもしれません。
40を過ぎた頃、私はかなり混乱していて、物質的にも今思うと、大切だった品をたくさん捨ててしまった。断捨離が流行るかなり前の流行先取り(^^;)?
人もだいぶ離れていったけど、うん、今そばにいてくれる人を大事にしていこうと思います。それ以上は望まない。
いろんなことを諦る癖がつきました。
帰りも送ってくれた友人。今度会うのはいつだろう・・・楽しかったから、その後少し落ち込みます。でも大丈夫。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
/りお